Land-Eco土壌第三者評価委員会
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土壌研究会News2
土壌汚染調査と対策 ―最近の海外事情―
2007年9月7日 土壌第三者評価委員会 東京シンポジウムより
土壌第三者評価委員会 副委員長
滋賀県立大学 環境科学部 教授  川地 武

講演資料 講演資料(PDF)

はじめに

 今日は、ヨーロッパにおける土壌汚染の調査・対策についての考え方が、現在どのようになっているかを紹介したいと思います。
 1985年から2〜3年ごとに、ConSoilという土壌汚染に関するヨーロッパの国々による会議が行われております。2001年はドイツのライプツィヒ、2003年はベルギーのゲント、2005年はフランスのボルドーで行われまして、いろんな議論がなされています。この会議には、最近では米国のEPAの関係者も参加しており、欧州が世界を主導しています。参考までに、次回の会議は2008年にイタリアのミラノで行われることになっております。
 この会議を主導しているのが、オランダのグループです。主宰はオランダのTNOとドイツのUFZという環境関係の研究機関です。
 オランダでは1978〜79年、ラブキャナル事件と同じようなレッカーケルク事件が発覚し、それ以来、土壌汚染に対する取り組みを継続してきました。基本となる土壌保護法が1986年にできて、何回も法律の見直しをしています。最終的な着地点として、2030年に全ての汚染地を管理あるいは修復するということです。後でどのくらいのサイトがあるかを紹介します。欧州はいずれも、着地点をはっきりさせて、それに向かってどういう仕組みや規制がいいかを検討する、という考え方だと感じております。

リスクとハザード

 土壌汚染が最終的に住民や農業、工場などいろんなところに障害をもたらす可能性を「リスク」と呼んでいます。有害性(ハザード、有害物質がどれだけ出てきたか)と暴露量(どれくらい有害物質を摂取するか、又はどれくらい移行してくるか)の積がリスクと考えられております。
 わが国では、有害性(例えば環境基準や環境基準の何倍であるなど)があると即、悪とするところがあります。ところが欧州では、汚染そのものと、それが移行して摂取される暴露経路を明確に使い分けて、汚染そのものだけを問題にするのではなく、どれくらいの暴露を受けるかに着目しながら対策を進めているところに特徴があると見ています。
 リスクに基づく考え方の場合には、仮にハザードが多くても、それが人間にどれくらいの確率で摂取されるのか、あるいはどれくらいの量が摂取されるのかを計算して、リスクを計算します。このリスクがある数値を超える場合は許容できないということになります。ハザードも暴露量も多ければ、リスクは非常に大きいですが、暴露量が減るにつれてリスクはだんだん低くなります。

リスク評価に基づく基準値

 欧州ではこれに基づいて、その土地の使用用途(例えば子供の遊び場、住居地、工場など)によって汚染物質の基準などを決めるという考え方を導入しています。
 オランダでは、土壌汚染のあるなしを判断する境界線であるReference Value(参照値)が土地の用途によって違います。これを超えたら修復を命じる、あるいは修復するというIntervention Value(介入値)は共通のものを使っていますが、Remediation Criteria(修復目標)は土地によって変えています。
 ドイツの場合には、汚染地をPrevention value、Trigger value、Action valueに分けています。Prevention valueは汚染があると判断し、これ以降調査をしていきましょうという数値です。Trigger value(「引き金」の意)は対策を講じなければならないという数値ですが、これがやはり土地の使用用途によって変わります。例えば砒素の含有量は、子供の遊び場では25mg/kgですが、工場では140mg/kgです。(日本の場合は一律150mg/kg)このようにオランダやドイツでは、リスクの評価によって基準そのものを変えているんです。
 また、日本では土壌汚染の程度は主に溶出量で判断しますが、欧州では汚染の程度そのものは含有量で判断します。含有しているものが地下でどのように溶けて、どのように摂取されるかはサイトによって違う、という考え方で評価しているんです。
 対策についても、暴露経路や汚染物質が移行していくルートに応じて、リスク評価に基づく対策がなされています。例えば透水性の高い所と低い所では、当然リスクが違います。
 この評価モデルにはまだ一定のものがなく、欧州でも国によって少しずつ違います。アメリカのものを使っているケースもあります。しかし、ほとんどの所でリスク評価をして汚染の判断をしたり、対策を考えています。

海外の土壌汚染サイト数

 ドイツでは各州でどれくらいの汚染サイトがあるかの統計がとられており、トータルで36万2,689ヶ所という結果が出ております。は数までしっかり把握されています。
 オランダでは、潜在的な汚染サイトの数が1980年当初は4,200ヶ所でしたが、調査や法律の見直しによって97年には35万ヶ所、2004年にはさらに増えて61万5,000ヶ所になっています。その中で、リスク評価に基づいて修復されるべきであるとされているサイトは6万〜8万ヶ所です。全部を修復できるわけではないし、その必要もなく、きちんと管理できれば良いという考え方です。そして、2030年には全ての汚染地を管理もしくは修復するという長期計画に基づいて、そのために必要なコストは170億ユーロ(約2兆8,108億円、07年11月8日現在)と試算されています。
 どんなところで汚染が発生しているかは、日本とほとんど変わりません。ガス工場やメッキ工場、ドライクリーニング場、洗浄施設などが挙げられています。日本と違ってカウントされているのは軍事施設です。
 ドイツで汚染地の修復に使われた方法の統計をみると、微生物学的な方法(いわゆるバイオレメディエーション)が55%と多くなっています。もちろん掘削して埋め立ても結構あります(25%)。他にも地下水を汲み出す、日本でも最近出てきているWashing(洗浄)などがあります。
 日本と違うところは、オランダでもドイツでも、そういった修復にかかるコストがオープンにされているところです。コストには非常に幅があり、例えばドイツのSoil Washingに至っては1トンあたり20〜200ユーロとなっていますが、どんどん公表されています。
 オランダの統計では、Washingと熱的な方法とバイオの方法の実績をみると、一番多いのがWashingです。コストは今のところはThermalが一番高く、1トンあたり55ユーロ程度です。次はWashingの35ユーロ程度で、どんどんコストダウンが進んでいます。
 プラントの数でいうと、ドイツでは1999年までのデータではバイオのプラントが一番多くなっています。Washingは最近倍増しているそうです。このように、国内にプラントがどれくらいあって、どれくらいのコストかということがオープンにされています。

土壌汚染の浄化・対策方法

 洗浄の場合、どのように処理しているかというと、日本では汚染した土を水で攪拌し、破砕し、砂分と礫分を洗って健全土として埋め戻しに使います。汚染物質は粘土やシルトに集め、脱水してケーキにして場外の埋め立て処分にしています。これは欧州でも同じです。
 土を持ち出さずに現地で行う修復方法(Insite Technology)も日本とあまり変わりません。水で洗う、ガスを送り込んで分解する、生物学的な方法、電気で分解する、不溶化などです。
 最近多いのは透過性の反応壁を使った方法です。2003年と2005年のConSoilでは、そのセッションが3日間行われています。Funnel and Gateと言われていますが、地下水を遮水壁で集め、浄化させる仕組みをもった壁を通過させることによってきれいにするという方法です。反応剤として鉄粉などを砂と混ぜて不透水層の上に壁を造り、上流から流れてきた汚染地下水が壁を通過する時に、きれいになって出ていきます。もともとは有機塩素系の化合物で汚染された地下水を浄化する技術だったのですが、今は重金属の浄化にも用いられています。汚染源そのものを修復するではなく、暴露経路の途中できれいにして、人が飲んだり使ったりするときにはきれいになればいい、という考え方で行われているのがこの工法です。日本でも最近、少しずつ使われ始めています。
 参考までに、環境省は毎年ホームページで、対策技術としてどのようなものが使われてきたかを公開しています。重金属で汚染されたものについては、圧倒的に掘削除去が多く、半数以上だということが分かります。VOCについては原位置で揚水などが多くなっています。最近は日本でも洗浄などが増えてきていますが、まだまだ全体から見れば少ないと言えます。これは、日本では汚染源そのものを取り除くという考え方がまだ圧倒的に強いということがあります。また処理を急ぐということもあるかと思います。

リスク評価に基づく浄化・対策

 汚染土壌のリスクの低減方法をまとめると、汚染そのものを除去してしまう方法としては、掘削してよそへ持って行く、あるいは浄化するという方法があります。リスクを低減するということであれば、出てこないように封じ込める、溶けないようにする、あるいは先ほど紹介したように、地下水が動いて行く途中で浄化するように反応壁を設けるなどの方法があります。最近では欧州では、MNA(Monitored Natural Attenuation)といって、分解性の有機物の場合には、監視しながら自然に分解するのを待つ、という手法も取り入れられています。
 このように、本来は相当色々な対策メニューがあり、ここ2,3回のConSoilをみていますと、大体出揃った感があります。そして対策技術を選定する際にリスク評価を導入することによって、非常に幅が出てきています。その中でも反応壁やMNA、微生物学的な手法が、時間はかかるけれども低コストな方法として、かなり認知されてきています。
 また、例えば鉄道の沿線でのリスク評価やガソリンスタンドでのリスク評価など、業種ごとにリスク評価や対策手法を模索したり、ファンドを創るという動きもあります。このような流れの中で、特にリスク評価指標についてEU全体で共通化しようという機運はありますが、これはまだまだ難しそうです。

ブラウンフィールド問題の今後

 今、日本ではブラウンフィールドが問題になり始めていますが、ヨーロッパではConSoilが始まった時からテーマの一つになっております。解決の仕方としては、地域の開発政策とリンクさせるという動きが強いです。
 また長期的に考え、そのために計画的に進めるという意識が相当あると思います。行政も含めてステイクホルダー間で協議し、計画的に進めるステップバイステップという考え方が非常に強調されています。
 オランダではレッカーケルク事件以降の25年で、土壌保護法を創り、官の主導から出発しましたが、今や官民連携して対策するようになりました。その途中で何度も法令や規則の見直しをして、リスク評価に基づく対策を取り入れています。その際に2030年までに解決するというゴールを設定しています。
 日本の場合、土壌汚染問題が発覚したのはちょうど同じころで、1970〜80年初頭です。そして土壌環境基準が設定され、調査対策の指針ができましたが、修復というところには踏み出せていません。基準項目が10項目から25項目になり、さらに増えて27項目に、と項目はどんどん増えましたが、これはいわば規制値の主導型です。官は主に監視と規制が中心で、一緒になって考えていこうという考え方がやや弱かったのではないかと思います。2003年に土壌汚染対策法ができて、これから対策も含めて考えていこうという方向になってきてはいますが、まだまだヨーロッパに比べると、長期戦略やゴール設定がなく、わが国の土壌汚染をどうしていくのか、まだ見えてこないと感じています。