NPO法人イー・ビーイング
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イズミヤ総研 環境エッセイ 「地球の限界 ⇔ 企業の選択」 第2回
キーストーンの健全性
 すでに牛は狂い、鳥はインフルエンザを患っている。地球の生命を維持する生態系機能は病んでいる。つまり淡水、海洋漁場、土壌、気候などのおよそ60%が劣化、または持続的でない方法で使用されている。
 生態系がこのまま悪化すれば、漁場の崩壊や沿岸のデッドゾーンの形成、新しい疫病の発生など、人間福祉に重大な影響を与える突然の変化が起こる可能性が高まると科学者たちは警告している (ミレニアム生態系評価報告書) 。
 同様にネットワーク化された現代の環境において企業は、多くの隣接した事業領域やエコシステム全体へのインパクトを考慮せずには戦略を描けなくなってきている。
 企業のパフォーマンスは、自社の能力、競争相手、顧客、パートナー、サプライヤーの視点からの静的なポジションだけで決まるのではなく、エコシステムの動きに左右される。そのため経営戦略を立てる前に、自社の製品や技術が、他のネットワークにいかに影響を与えているかを理解し、評価することが重要である。
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■ラッコの役割

 エコシステムの動向を左右するものにキーストーン種の存在がある。キーストーン種とは、個体数が少なくとも、その種が属する生物群集やエコシステムに及ぼす影響が大きい種のことである。ある時期、アメリカ北西部太平洋で魚が採れなくなり、海岸浸食に歯止めがかからなくなった。その原因は、ウニの大繁殖により海域の生態系を守るケルプ(大型海藻)等を食べ尽くし魚や他生物の棲み家や食物連鎖を切ってしまい、多様性をなくした海には魚も無脊椎動物も海藻もなく荒れてしまったのである。なぜか。ラッコの乱獲こそが、真の原因であったのである。ウニの天敵は人間以外ラッコであり、ラッコのいない海は、ウニの天下となり結果的に海を荒廃させてしまったのである。つまりここに「キーストーン種」としてラッコが浮上したのである。
 最近、あらためてラッコを海岸に放つと、同海域でケルプが再び根付き、同時に多様な魚類や無脊椎動物種が戻り、海岸の浸食にも歯止めがかかった。このようにキーストーン種は、エコシステムの健全性を司る存在なのである。キーストーン種の役割の果たす存在はビジネスの世界にもある。キーストーン種として、ソニー、マイクロソフトとウォルマートを見てみよう。
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■エコシステムのほころびへの対策 −ソニー−

 時代は地球環境そして人間の健康のために、エコシステムの健全性を保つために、各国で環境規制を強化し始めている。その例としてソニーのPS1のリスクを研究してみよう。

 オランダ・アムステルダムの税関での抜き取り調査(2001年10月)で、プレイステーションの部品(本体とテレビをつなぐケーブル)から、オランダの環境基準を上回るカドミウム(Cd)が検出された。クリスマス商戦前の直撃となり、結果的に「カドミウム指令」違反による損害は、売上で130億、営業利益で60億円にものぼった。
 ソニーは、その10年前から鉛やCdの含有ゼロをうたう納入業者とのみ取引をしており、Cdが検出された部品を納品した業者も「Cd含有はゼロ」と回答していた。取引先の調査票システムが、残念ながら機能していなかったのである。そこで、ソニーは抜本的対策としてグリーン調達、CSRアライアンスに乗り出した。
 まず2003年にグリーン・パートナー環境品質認定制度を発足させ、ソニー内外から選ばれた調査員700人が、対象取引先約4200社を2年に1度訪問し、環境マネジメントを現場で確認し、ソニーが定めた基準を満たしている取引先のみを「グリーン・パートナー」として認定することとした。
 また2004年には「電子業界CSRアライアンス(EICC)」を発足させ、エレクトロニクス業界におけるサプライチェーンにわたるCSRマネジメントの効果的な運用、改善、活動レベルの向上を目指している。ソニーは設立当初から運営委員の一社となり、行動規範の制定と管理に必要なツール、ウェブシステムやサプライヤーの能力開発プログラムの開発を他社と共同ではじめている。2005年には、業界共通の「電子業界行動規範」に基づき、「ソニーサプライヤー行動規範」を制定し、すべてのサプライヤーに知らせ、順守を要請している。


 企業のエコシステムは、自社のみならず、サプライチェーンの健全性なしには、コンプライアンスを守れない時代に入っている。ソニーが見出した答えは「電子業界CSRアライアンス(EICC)」であり、「ソニーサプライヤー行動規範」となったのである。
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■キーストーン種としてのマイクロソフト

 ネットワーク化された環境において、企業の行動は他社に影響を与える。関連する事業領域やエコシステム全体に与える影響を考慮せずに戦略を立てようとする企業は、鼻つまみものだ。ビジネス・エコシステムの健全性を担うキーストーン種としてマイクロソフトを考察する。図1にマイクロソフトのプレゼンスを示す指標を示す。マイクロソフトの時価総額の規模は非常に大きいが、エコシステムにおけるソフトウェア企業群の時価総額全体のなかでは、ここ数年間およそ20〜40%の比率で推移している。マイクロソフトの従業員数の比率を、売上高あるいは時価総額の比率と対比させてみるとおもしろい。物理的サイズを示す指標(従業員数)が、価値を示す指標(売上高や時価総額)よりも小さい。物理的プレゼンスを増やさなくても価値指標を上げられる構造を形成しているのである。このことはまさに、キーストーン戦略が効果的に実行されていることを裏付けている。


図1 マイクロソフトのプレゼンスを表す指標



マルコ・イアンシティ、ロイ・レビーン(著)、杉本幸太郎(訳)、
『キーストーン戦略』、翔泳社、2007


 続いて、図2にマイクロソフトからみたソフトウェア・エコシステムの主要な事業領域を示す。マイクロソフトのパートナー企業は32のセクターに分かれ、38,338社で構成されている。マイクロソフトはこのエコシステムの主導者(キーストーン)としてうまい役割を果たしているのである。


図2 マイクロソフトのソフトウェア・エコシステムのドメイン



マルコ・イアンシティ、ロイ・レビーン(著)、杉本幸太郎(訳)、
『キーストーン戦略』、翔泳社、2007


 まず一つ目に、開発者のための生産性の改善を戦略の中核に据えたことである。マイクロソフトは、開発者コミュニティを育てることにより、自社のプラットフォーム向けの多彩なアプリケーションを生み出すことに焦点を絞った。このことはウインドウズ・プラットフォームを利用する開発者の人数を増やした。
 二つ目に、ソフトウェア産業に対し、互換性を保証し、安定性と一貫性をもたせたことである。マイクロソフトは異なる世代の技術に互換性のあるAPI(アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を保証することで、ソフトウェア開発者の労力とコストを低減してきた。このことは消費者に多様なアプリケーションを提供することにもつながり、利用者の増加につながった。
 三つ目に、ニッチ創出を促進したことである。マイクロソフトは全体数と多様性においてエコシステムの大部分を占めるニッチ(図2でいう無名の円)をもターゲットとした。ドットネット・アーキテクチャは、どのような言語にも中立に働き、マイクロソフトのエコシステムに誰でもが参加しやすい仕組みを作り、新たな参加者を効果的に増やした。
 開発者集団とコミュニケーションをはかり、技術情報やサポート情報を提供するMSDN(マイクロソフト・ディベロッパー・ネットワーク)は現在、世界中におよそ500万人のメンバーを擁する。マイクロソフトは、年間6億ドル以上を投じて2千名以上の開発者のサポート要員を専属で張り付けている。他の多くのソフトウェア企業と異なり、マイクロソフトは開発者コミュニティを直接育て、同社のプラットフォーム向けの多様なアプリケーションを生み出すことに焦点を絞ってきた。ニューヨークタイムズ紙は最近、「マイクロソフトの数年間にわたる成功の多くは同社が開発者の構成員のことを理解し、その要求を満たして来た行動によるものだ」とコメントを掲載している。
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■ウォルマートのエコシステム

 ウォルマートも、エコシステムのメンバーが直面している複雑性を単純化する安定したプラットフォームを作り出すことにより、小売産業においてキーストーンとして機能している。ウォルマートと競合する小売業者は、自分たちのシステムやビジネスプロセスがウォルマートほど緻密で先進的なものはないことを認めざるを得ないのである。
 つまりウォルマートは数十年にわたって、サプライチェーン・インフラを本部に集中させ、在庫や取引先の情報を管理するシステムを構築し、小売エコシステムの効率を著しく改善し、小売価格を引き下げてきた。ウォルマートは生産工場からショッピングカートまでどんな小さなことも見落とさず数千社からなるサプライチェーン、パートナー、ベンダーまでのエコシステムを構築し、他社に比べ22%のコストの優位性(図3)を創造している。ウォルマートのコスト優位性22%のうち、CPFR (collaborative planning (協調プランニング)、forecasting (予測)、replenishment (補給) の略語)が30%近くを稼いでいることがわかる。


図3 ウォルマートのコスト優位性



マルコ・イアンシティ、ロイ・レビーン(著)、杉本幸太郎(訳)、
『キーストーン戦略』、翔泳社、2007


 このようにしてウォルマートは、小売システムの生産性を向上させる牽引役となり、最終的な目標である世界中の消費者に「エブリデイ・ロープライス」で提供することを可能にしたのである。
 ブラッド・フォード・C・ジョンソン氏は「小売産業の商取引における生産性向上の半分以上は、二つの音節だけで説明できる。ウォル・マートだ」と述べている。


参考 9.11直後のアメリカの不安定な心理
(ウォルマート前年度POSデータとの比較)

9/11 9/12
全米
ニューヨーク
バージニア
全米
 9/11夜以降
〜9/17
10%減
30〜40%減
ガソリン 845%増
拳銃 70%増
弾薬 140%増
テレビ機器 70%増
アンテナ 400%増
国旗 1,800%増 3,000%増

高い情報管理能力を持つ、ウォルマート店舗すべてのPOSから得られた売上データは、9.11に起因するアメリカの不安を如実に物語っている。ウォルマートは、こうしたデータをリアルタイムに分析し、サプライチェーンと共有することにより対応している。


理事長  井上 健雄

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