どう生きることが自分なのか

2016/9/13(火)

 北朝鮮は武装、それも核武装を速めているし、日本は平和憲法のもと攻める軍隊を持たないとしている。
 金正恩の命令一下というか、北朝鮮が「核爆弾落とすぞ!」と言われたらどうする。
 「平和憲法の下、平和主義だ!」と言ったところで、何が起こるか分らない恐ろしい状況となる。
 核を持っている国は、いつも相手に「落とすぞ」と叫び、優位性を保ち防衛している。
 持たない国は、(例)「アメリカさんお願い」となる。
 とすれば、武装したほうが良いのかな、となる。

 しかし1億年以上かけて、武装解除して成功しているものもいる。
 あのかたつむりである。
 裸でいると鳥なんかにすぐやられるので、巻貝で身体をまく方法を持っていたのである。
 一方で、なめくじは一生裸でいることを選んだのである。
 ダーウィンの進化論で考えれば、どちらが進化した形なのでしょう。
 なめくじは、裸でも、殻がないから狭いところに逃げこめるし、カルシウムで殻を作る手間もいらないから、こりゃいいやで、かたつむりの出た3億数千年前から遅れること1億年後の2億年前頃に登場したのである。

 これは大した決断であった。
 鳥より恐い人間にエスカルゴにされることなく、人に厭われ、歩く跡を銀色に光らせて堂々としている。
 武装解除は、素晴しい成果を納めていると言える。

 人間(国)の争いも、武装解除こそが最適解であろう。
 あのかたつむりさえ、1億年かけて進化したのだから、人間の進化にはどれ位の時間を要するのだろう。
 その間に「○○国が××国の属国にされる」とした事態が頻発するようなら、それも悲しい。
 その上、時間をかけるということは、エントロピーを増大させることであり、時間は人を死なせ、構造物は風化し倒され、熱あるものは冷める。
 この法則に対し、時間をかけ何かを願うことは矛盾している。

 カミュが、人はいつも死に向かっているので、明日こそは、来年こそはと願う。これを不条理としている。
 不条理とは、実存主義用語で人生に意義を見出す望みがないことを指す。
 私も若い時(と言っても晩生(おくて)だった高校生の頃)不条理かぶれし遊び倒し、本ばかり読んでいたものである。恥ずかしい。

 今なら、時間の矢はエントロピー増大の一方向に走るとも、その一瞬いっしゅんをかけがえない時間として楽しみ、少しの色気も出して世の為、人の為に働きたいと思う。
 今、NPO活動に喜々として携わっていることが、私の生きる、活きる道だからである。

理事長  井上 健雄

特定非営利活動法人 イー・ビーイング
〒559-0034
大阪市住之江区南港北2-1-10
ATCビルITM棟11F西

Copyright (c) 特定非営利活動法人 イー・ビーイング. All rights reserved.