緑陰に山思う

2016/8/9(火)

 緑滴(したた)る。
 清涼感に富む夏山を表現する言葉である。
 こうした時季には、山に入り涼を楽しみたいものです。

「知者は水を楽しみ、仁者は山を楽しみ、知者は動き、仁者は静かなり、…寿(いのち)ながし」

論語・雍也篇

 日本には山がある。
 日本人がビシッと立っている為には、背骨である山がしっかりしていなければならない。
 その背骨の健康を、山の達人・智慧ある人、速水亨氏(速水林業代表)の言を聞いた。

 山の維持は、少なくとも50年先を見てお守りするものである。
 これではなかなか企業では面倒見切れないだろう。
 でも素人が考えれば、木を持っていれば毎年自然に成長する、おいしい資産でしょうと。少なくとも今の金利よりいいんじゃないかと。
 しかしモノの値段はグローバル化の中で、外材輸入や違法伐採の流通で、値が崩れ落ちているという話だ。
 1m3の山元立木価格は、1980年に42,927円したものが、2012年には6,856円にまで降下しているという。
 80年比16%。
 時間をかけて山を整備しても、木の価格が1/6になれば、大赤字、と言うより経営である。
 その上、速水氏の山で1万m3(3年分の伐採量である)もの木が一晩で倒れてしまう台風被害も日常茶飯事である。

 こうした山を維持するのは、個人や一企業では大変困難なことである。
 国としてか、世界政府のようなもので山(自然)のあり方を考え、保全しなければならない。
 あの環境破壊の国、中国でさえ北京オリンピックにはFSC認証材を使ったのである。
 日本もそうあって欲しいが、そんな流れではないらしい。
 これだけとれば、どちらが成熟した先進国なのか疑わしい。

 木の知識もその専門家によると、まだまだ未知の領域らしい。
 一般的に、針葉樹の森は山崩れし易く、保水力も弱いという。
 しかし針葉樹、広葉樹にそんな差はないとの事です。
 あるとすれば、それらが生えている地質、水系の方に問題があるのである。
 その上、針葉樹と広葉樹には人間の扱い能力に歴史的な、と言うか天文学的な時間差がある。
 針葉樹は3億年前位に地球に登場して、1億数千年前に種として安定してきたらしい。今540種ぐらいである。
 これに対し広葉樹は、1億数千年前に、針葉樹に遅れること1億年以上たって登場している。そして20万種もある。
 人間は、広葉樹をコントロールできる状態ではなく、それは神の領域だと表現されている。
 つまり進化のステージの真っ盛りらしい。
 恐ろしい程、気の遠くなる時間のとらえ方で山を考えておられる。
 単純にず~と昔から木があり、山があったと思う自分にあきれてしまう。

 グローバル時代と言えば、空間的・距離的にも地球レベルに広がっているのに、企業の収益単位の時間は、極端に短い。
 ファイナンスの世界では、10年ならすごい長期なのである。
 50年を軸とする林業時間は、ケタ外れているとも言える。
 このように考えてくると、現代人が生物や植物と本当に共生する素地があるのか。

 緑陰に書を広げたが、山の深さ、地球の不思議に思考は止まり、唯、畏敬のみが残る。
 人は、深く、広く、自然との共生の中に人類の生存を考えねばならないのである。

理事長  井上 健雄

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