NPO法人イー・ビーイング
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2014年10月24日 Land-Ecoセミナー「土壌汚染紛争の予防と第三者評価の活用」
土壌汚染紛争のいま〜最新状況と予防法務
牛島総合法律事務所 弁護士 井上 治
 ただいまご紹介いただきました、牛島総合法律事務所の井上でございます。本日は、ご多用中お越しいただきまして、誠にありがとうございます。これから75分間「土壌汚染紛争のいま〜最新状況と予防法務」と題してお話しさせていただきます。
 本来であればここで自己紹介をするのですが、今日は土壌汚染紛争が日本のマーケットにおいてどのような状況にあるのか、また法的な状況はどうなっているのかという話の中で、それに私自身がどう関わってきたかを関連付けてお話ししたいと思います。
 私は土壌汚染に関する案件を数多く担当させていただいております。弁護士という立場上、守秘義務がございますので、ご紹介できる範囲は限られるのですが、裁判になっている案件の場合は公開されている情報も多くございますので、具体的な案件の内容も公にできる範囲でご紹介したいと思います。
 今日お話ししたいことは、大きく分けて3つです。メインは「1.土壌汚染・地中障害物取引紛争の最新状況」と「2.典型的に問題となる土壌汚染・地中障害物等」です。「3.紛争における具体的問題点と予防のポイント」については、1、2で述べた問題意識を法的に位置づけるとどうなるかを解説している部分ですので、1と2に重点を置いてご説明したいと思います。なお、本講演における意見は弊職の個人的見解でありまして、弊職の所属する事務所の見解と必ずしも一致するものではございません。
■土壌汚染・地中障害物取引紛争の最新状況
 「土壌汚染・地中障害物取引紛争の最新状況」として、5点お話しします。
 まずは「(1)紛争の多発化」です。土壌汚染と、コンクリートガラや油などの地中障害物は、一体となって出てくることが多いです。地中障害物の問題は比較的昔からあるのですが、土壌汚染については最近10年ほどで増えてきています。
 次に「(2)賠償額の高額化」です。最近、賠償額が高くなる案件も増えてきています。
 次に「(3)問題となる法的争点等の多様化」、「(4)技術的事項の専門性・複雑化」です。土壌汚染・地中障害物は技術的な要素を含む問題ですので、法的争点としても難しいですし、技術的な事項についての専門的な知見が必要になってきます。
 最後に「(5)予防法務の重要性の増加」です。ある程度の規模の取引で、土壌汚染や地中障害物が問題になると、費用が高額化しやすいです。調査にもそれなりの費用がかかりますし、対策をとると相当高額になり、紛争化しやすい傾向があります。
 本日はこれらについて、ひとつひとつ具体的にご紹介したいと思います。
(1)紛争の多発化
 この表は、最近、土壌汚染紛争がどのように増えてきているかを整理したものです。この数字は、牛島総合法律事務所で判例のデータベース、判例集、新聞や雑誌の記事などから土壌汚染・地中障害物に関する紛争案件を集めてデータベース化しており、そこから抽出したものです。
 ご覧のとおり、平成15年までは1桁ですが、平成16年〜20年で急増し、平成21年〜25年も約48件と増えているのが分かります。土壌汚染対策法の施行が平成15年2月15日ですから、平成15年以降増えているのは、土壌汚染対策法の施行とほぼ同時期の現象です。
 土壌汚染関連では、他にも平成12年1月に施行されたダイオキシン類対策特別措置法がありますが、こちらは特に影響はありません。ではダイオキシンが重要ではないかというと、そうではなく、汚染物質の中でも危険度が高いですし、調査・対策の費用が非常に高額です。ただし、紛争との関係では土壌汚染対策法の方が影響は大きかったということです。
 では、土壌汚染対策法が施行されて、法の適用になる案件が増えたのかというと、必ずしもそんなこともありません。皆さんが関わるようなビジネス上の取引の場面で、土壌汚染対策法が直接適用になる場合はそれほど多くはなく、むしろ自主調査をして汚染物質が存在するという案件の方が多いのではないかと思います。
 それでは、なぜ土壌汚染対策法と連動しているように見えるのかというと、この時期を境に土壌汚染に対する社会的認知度が格段に上がったというのが、端的な理由ではないかと思います。私の経験でも、土壌汚染対策法施行以前は、土壌汚染についてあまり気にしていなかったのが実態でした。土壌汚染対策法の施行を境に、土壌汚染がビジネス取引上のリスクとして具体的に認識されたので、それ以降は土壌汚染リスクを無視して取引することができなくなりました。
 また、平成22年4月に土壌汚染対策法が大きく改正されました。例えば自然由来の汚染は、これまではあっても良かったのですが、改正によって対策が必要となりました。日本では自然由来の汚染は非常にいろいろなところで発見されるので、実務的には大きな影響があると思います。また調査のコンセプトも、従前に比べると相当精緻化されています。このように、土壌汚染に対する一般的な認識が高まったことが、紛争の多発化の大きな理由かと思います。
 私が土壌汚染の案件に関わり始めたのは、平成12年頃、ダイオキシン類対策特別措置法が施行された頃です。ヨーロッパの会社の代理で、日本で不動産を買うお手伝いをした時に、本国からデュー・デリジェンスのリストが来て、土壌汚染リスクについて調べよと書いてあったのです。そこで売主さんに尋ねると、当時はまだあまり土壌汚染に対するリスクの認識がなくて、「お前は何を言っているんだ、そんなことは日本ではしない。」、「なんて非常識なことを言う奴だ。」などと言われました。ところが土壌汚染対策法の施行を境に、土壌汚染リスクを調べるのが常識になりました。あまりにも劇的に違うので、私自身も非常に実感があります。
 もちろん私は土壌汚染だけを担当しているわけではなく、不動産取引全般に関わっています。典型的な例として言えば、外資のお客さんのお手伝いをして、日本で不動産を買って開発したり、取引先との契約を取りまとめたりしています。その中で、土壌汚染が私の業務の上で相当大きな割合を占めるようになったのは、それが紛争化しやすく、紛争になった場合の負担額が大きいからです。それらの対応をするうちに、そのような案件が集まって、専門性が上がっていったという経緯があり、これまで相当数の土壌汚染案件を担当させていただいています。
(2)賠償額の高額化
 紛争の数が増えただけではなく、賠償額が高いものも出てきています。数億円を超えるものも多くありますし、中には数十億となる事例もあります。
 高額賠償・和解が認められた事例を一覧表にまとめました。一覧表の中の東京都板橋区の事案(A社の事案)と仙台市青葉区の事案(B社の事案)は、私が担当して、土壌第三者評価委員会の意見書をいただいた案件です。また東京都葛飾区の事案、東京都の他区の事案も私が担当した事案です。それ以外は他の者が担当した事案ですが、東京都江東区の事案は、築地市場の移転の関連です。大阪市淀川区の事案は、私の担当した案件ではありませんが、X社とY社の案件です。岡山県岡山市の事案はZ団地の案件です。
 ここでまず見ていただきたいのは、賠償や和解の金額です。A社の事案は判決認容額が約7,000万円ですが、これは土壌汚染案件としては比較的少額です。平成20年に判決が出たのですが、平成17年頃から裁判をしており、判決が出るまでに3年ほどかかっています。平成17年といえば、土壌汚染対策法が施行されてまだ2年なので、土壌汚染リスクに対する認識が高まり始めた頃で、土壌汚染案件の中では初期の案件です。東京都の事案は、約50億円と書いてありますが、これは請求額です。和解が成立しているのですが、守秘義務の関係で和解額は公開できません。ただ、相当額の損害賠償を私どもの依頼者が受領しています。
 このように額が大きくなってきているのですが、だからといって、最近になって土壌汚染がひどくなってお金がかかるようになったわけではありません。社会的認知度が高まったので土壌汚染が紛争化しやすくなり、案件が増えた結果、額が大きいものも増えたということだと思います。

 A社の事案とB社の事案については、イー・ビーイングの土壌第三者評価委員会様から意見書をいただいた案件ですので、概要をご紹介いたします。
 A社は不動産デベロッパーで、東京都近郊でマンションや戸建て住宅等を相当数、開発され販売されていました。
 この事案は、A社が東京都板橋区にある3,200uほどの工場跡地を購入された際の事案です。東京都の場合は3,000uを超えると、「都民の健康と安全を確保する環境に関する条例」によって、土地の改変時に調査が求められます。そこで売主さんが調査をしたところ、砒素・鉛等の汚染があったので、対策をとられました。その結果は板橋区に届け出て、届出印もきちんと押されていました。A社はそれを見て、大丈夫だと思って買われました。ところが、その後にご自分で調査されたところ、環境基準値をはるかに超える砒素が出てきたので、売主さんを訴えました。
 難しかったのは、契約には「土壌汚染については責任を負いません」と書いてあったことです。具体的には、土壌汚染があった場合は引き渡しから6か月以内に請求すること、なおかつ、要するに損害の1/3だけ支払うということが書いてありました。ところが相談に来られた時点で1年くらい経っていたので、契約によれば請求できません。
 そこで売主さんの調査報告書や対策報告書、板橋区に提出された各種書類をいただき、精査しました。すると、汚染を取り漏らしているのではないか、あるいは、誤った調査・対策方法をとったのではないかと思われる節がありました。そのような状況だったので、契約の効力が争えるかもしれないということで、裁判に至りました。
 結果的には、和解できました。一覧表に約7,000万円と書いてありますが、これは地裁判決の金額です。高裁では地裁よりも良い条件で和解できているのですが、そちらの内容は守秘義務の関係で申し上げられません。
 裁判所の判断は、「瑕疵担保の特約は有効だけれども、売主さんは土地をきれいにして売る義務があり、その義務に違反したので、損害賠償を認めます。ただし契約に1/3と書いてあるので、その範囲でだけ認めます」というものでした。あくまで想像ですが、契約上には売主さんは責任を負わないと書いてあるので、その契約を尊重しなければならない。ところが土壌汚染対策の手法があまりにずさんなので、買主さんを救済しないのは事案解決としてのバランスを失する。ただし、もともと買主さんも2/3はリスクを呑んだはずなので、そこまで認めるのはやり過ぎだろう、という判断をしたのではないでしょうか。
 この判断には法律について特に専門的な知見がなくても、売主さんの立場になって考えてみると疑問が生じるのではないでしょうか。売主さんは、汚染があっても責任を負わずに済むように、契約で責任の範囲を限定したわけです。ところが、きれいになっていないから責任を負いなさいと言われてしまったのでは、汚染があったら契約で責任を限定したはずなのにもかかわらずお金を払わないといけないことになります。
 私は土壌汚染関連の事案を多数担当させていただいていますが、この案件は最近の土壌汚染案件に特徴的な案件だと思います。つまり、ある程度調査も対策もされているのに、後になって汚染が出てくるというケースです。ところが、調査会社や対策会社がずさんだったからそのようなことが起こったかというと、必ずしもそうとは限りません。調査や対策をしたらもう汚染は残っていないということはなく、全面的に土壌を入れ替えない限り、何らかの形でリスクが存続しうる。また、契約書に書いておけば万全というわけでもない。
 ですから、紛争を予防するためのポイントは3つあります。事前の調査はちゃんとしましょう、契約書はきちんと書きましょう、もうひとつ、契約書がきちんと効力を維持できるように取引をきちんとしましょう、ということです。今日私が申しあげたいことは、この3点に集約できます。

 B社もマンション開発をされていて、仙台でスタートし関東まで進出された会社です。
 私が担当したのは仙台の1,200uほどの物件です。B社さんが土地を買われて、開発しようとされたのですが、油汚染が出てきました。油の量は非常に多かったんですが、土壌汚染対策法の特定有害物質はあまり出ませんでした。油汚染の案件ではベンゼンや鉛がよく出てきますが、この土地ではごく限られていました。
 その土地では重油タンクが地下に埋まっていて、開発の過程でタンクを一度地上に掘り出して、もう一度埋め戻していました。その重油タンクから油が漏れ、なおかつ地下水位が高い場所だったので、土地全体に広がったと考えられました。ただし、重油タンクの容量よりも、土地にある油の量が多い様子もあったので、違う原因もあったのかもしれません。
 油汚染で難しいのは、土壌汚染対策法には基準値がありますが、油汚染にはそのような数値基準がないということです。そうすると、それが法的な瑕疵なのかどうかが分からない、あるいは確定しにくいんです。買主さんが瑕疵があるからお金を払ってくださいと言っても、売主さんはそれは瑕疵ではないと言ってお金を払ってくれない。それで裁判になりました。
 技術的な意味での最大の争点は、油はどれだけあると瑕疵になるのかということでした。そこで土壌第三者評価委員会様の意見書をいただきました。最終的には瑕疵だと認めていただき、約3億円の請求を認めていただきました。

 東京都葛飾区の案件は、C社とD社の案件です。これはD社のプレスリリースに出ていますし、基本的な事実関係は裁判情報として公開されています。
 C社がD社から不動産を買い、石炭ガラと油が見つかりました。土壌汚染はそれほどありませんでした。D社の主張は、要するに「石炭ガラは毒性もないし、建物を建てる時にも邪魔にならないので、あっても困らない。かえって水はけがよくなるので、瑕疵ではない。油は基準値がないし、工場跡地なので多少の油があるのは当たり前で、瑕疵ではない」というものでした。そこでC社がD社を訴えたという案件です。
 地中障害物で、大きなコンクリートガラがあって家が建てられないなどの場合は、瑕疵として分かりやすいです。ところが、きちんと家が建つ場合に、石炭ガラが瑕疵だと立証するのは簡単ではありません。ではなぜ瑕疵だと言えたのかというと、処分費用が通常の処分費用よりも高いということが主張の核心でした。これは民事裁判所にとってはかなりお新しい発想だったと思います。専門家の意見をいただいたわけではありませんでしたが、法的に説得的な議論を組み立てるのは苦労しました。裁判所に納得していただくためにいろいろと工夫しました。
 請求は60億円で、その後80億円に拡張し、最終的には20億円の和解で終わっています。減ったと思われるかもしれませんが、20億円は和解交渉の中でC社側が提示した金額とほぼ一致しており勝訴と言えると思います。経験的に、土壌汚染の裁判で請求額がそのまま認定されるのは難しく、1/3程度になる案件はままみられます。
(3)問題となる法的争点等の多様化
 土壌汚染・地中障害物紛争の争点は、広範かつ多様化しています。
 典型的に問題となる土壌汚染・地中障害物等は、土壌汚染対策法の特定有害物質や、ダイオキシン類対策特別措置法のダイオキシン類、あるいは油、産業廃棄物などがあります。最近では液状化も問題となっており、三井不動産の浦安の液状化裁判が有名です。それぞれの物質について、取引の中でトラブルになりやすいポイントや特徴があります。後ほどご説明する「2.典型的に問題となる土壌汚染・地中障害物等」では、このような物質がある時にはこのようなことに注意した方が良いということを具体的にご説明します。また「3.紛争における具体的問題点と予防のポイント」では、そのような問題意識の中で、あらかじめどのようなことをしておくと紛争が予防できるのかをご説明します。
 このように、最新の裁判実務や技術的・専門的知見に基づいて、どんな点で揉めるのか、どう対応すべきか、具体的な争点を把握する必要性が高まっています。
(4)技術的事項の専門性・複雑化
 先ほどご紹介したA社の事案のように、最近は調査・対策を実施しているのに汚染が発見されるケースが多いです。A社の事案の場合は調査・対策自体が相当ずさんでしたから、裁判所の認定も実質的には売主の重過失を認定していると思います。ただしその他の案件を見ると、それぞれの調査会社さんや対策会社さんはそれなりに社会的に信用度のある会社で、調査・対策自体がそんなにおかしくないケースが多いんです。
 それではなぜ調査・対策したのに汚染が出てくるかというと、土壌調査がサンプリングでの調査であるということが原因だと考えられます。簡単に言うと、土壌汚染対策法では、土地を10mメッシュで区切り、その中央で試料を取って調べます。それで汚染が出てきたら、その10mメッシュは汚染あり、出てこなければ汚染なしとなります。ところが100uに対し、ボーリングコアは直径10cm足らずです。調査の結果に関わらず、汚染はあるかもしれないし、ないかもしれないというのが正直なところです。
 それでは土壌汚染対策法の調査方法が合理的でないかと言えば、もちろんそんなことはありません。汚染に連続性があるなら、出たところと出ていないところの境目に境界がある。だから点の調査で良いのです。
 ところが紛争になるケースでは、土壌が攪乱していることが多いです。最初は汚染が連続していたかもしれませんが、その後に建て増しをしたり、掘った土壌を別の場所へ移動したりしているうちに、土壌が攪乱して、汚染がまだら模様になります。そうすると、見つけられない汚染が出てきてしまいます。もちろん土壌汚染対策法もこのような土地の改変は想定していますから、地歴を調べて、土壌が動いているならそれに従って調査するようにとか、盛土をされたら地表を調べても意味がないので、もとの地盤面から調査するようにと書いてあります。ですが、法律や土壌汚染分野にあまりなじみのない方は、法律に従った調査・対策方法を取っていれば、本当にクリーンだと信じる、あるいは信じたことにするという態度があります。
 土壌汚染対策法に合理性がないと言っているわけではないんです。例えばもっと細かく、1mメッシュで調査すればもっと精緻になると思いますが、そんなことをしたらコスト的に合いません。もちろん全面的にきれいな土壌に入れ換えれば、クリーンだと言える可能性が高いですが、やはりコストがかかります。だから構造的に、100%安全にするのはものすごく難しいんです。これが実務的なせめぎ合いというか、どこで折り合いをつけるのかということだと思います。
 教科書的な土壌汚染対策法の知識をもっていることはもちろん、実態はどのように動いていて、本当のリスクがどこにあるか分かっているかが問われています。逆に言うと、それをちゃんと分かっておかないと、リスクを理解した取引になりません。

 調査・対策に関する技術的事項は極めて専門的・複雑です。
 先ほど油汚染の案件をご紹介しましたが、裁判所に油がなぜ瑕疵なのかを理解していただいたり、汚染がまだらになっている場合にどこまで対策範囲とすべきかを理解していただくのは、簡単ではありません。汚染の場所を確定するために細かく調査をするよりは、全部汚染されているとみなして対策した方が早いですし、コストもかかりません。ですが売主さんは、汚染が出なかったところは対策する義務はないと言いますよね。
 裁判官の方に、技術的なことについて理解していただくには、一般的にすごく工夫を要します。よほど核心を分かりやすく説明しないと十分に理解していただけません。さらに表面的な理解ではなく、私たちの言っていることが正しいと本当に腑に落ちていただける内容にならないと、勝訴には結びつきません。そのようなレベルで技術的・専門的事項を理解してもらうにはどうしたら良いかというのが、実務的なポイントです。

 実務上問題となりうる技術的・専門的事項の例をいくつか挙げています。
 まず、有害物質によって特性が違います。土壌中での移動のしやすさで言えば、ダイオキシンはあまり移動しませんが、油はよく移動します。地下水があるとさらに移動して、隣地まで汚してしまいます。水への溶けやすさも物質によって違います。
 汚染原因・汚染経路も難しい問題です。ひとつの会社さんが使い続けている土地は分かりやすいのですが、転々譲渡されていると、いつ誰が汚したのか特定し証明するのは至難の業です。裁判所が法的責任を認めるためには、ある程度の固い証拠が必要なので、内部告発文書が残っているなどの特別な事情でもあればともかく、簡単には立証できません。また物質によっては、人為汚染か自然由来かも判断が難しいです。
 対策基準の設定については、油が典型例です。数値基準がなく、環境省のガイドラインの判断基準は油臭や油膜です。油臭や油膜が酷かったら瑕疵であるとされていますが、「酷い」というのはあいまいな基準です。
 汚染状況、汚染範囲の確定というのは、例えばまだらに汚染されている場合に、どこまで対策すれば良いかということです。
 浄化工法の妥当性は、さきほどご紹介したA社の案件でも問題になりました。土壌汚染対策には掘削除去、覆土、封じ込め、浄化など様々な方法があり、特に浄化には注意が必要です。土壌を掘り出して浄化する方法もあれば、土壌を掘り出さない原位置浄化もあり、A社の案件では原位置浄化を使いました。ウォータージェットと言って、土壌を高圧の水で洗う非常に革新的な工法で、コストが1/2〜1/3になるということでしたが、うまく浄化できていなかったようです。確かに海外ではウォータージェットのような原位置土壌洗浄の手法が利用されているようですが、例えば砂漠が均一に汚れていて、汚染の濃度を下げるのが目的で、完全浄化を目指さないような場合に有効だと考えられているようです。しかしA社の案件はそうではないですし、汚染物質も重金属、土壌もシルトだったため、そもそもウォータージェットが適用できるのか疑問な案件でした。また、特に原位置浄化の場合には、完全にきれいになったことの証明が難しいです。
 覆土や封じ込めは、自己使用地では増えていると思いますが、取引の対象となる土地、あるいは転々譲渡が予定されている土地の場合には、汚染を残したまま売却するのは一般的に今でも難しいと思います。そうすると掘削除去という選択になりますが、環境省はできる限り掘削除去をするなというご方針ですし、売主さんは覆土で十分だと仰ったりするので、難しい問題です。

 このような技術的・専門的事項を裁判において取り扱う場合は、3つの方法があります。
 1つ目の裁判所による鑑定は、実務的に使われるケースは非常に限られます。
 ほとんどが2つ目の当事者による私的鑑定・鑑定意見書の提出です。例えば、土壌汚染案件のご相談を受けて、これから紛争になるというときに最初にすることは、専門家を捕まえることです。土壌汚染の専門家は、日本にそうたくさんいるわけではありません。また、一方の味方をすると相手方を敵に回すという構造があるので、専門家の方は躊躇して、そう簡単には意見書を書いてくれません。専門家の取り合いになってしまいますから、早い段階で捕まえておくのが実務的には重要なポイントです。専門家とは、イー・ビーイングさんの土壌第三者評価委員会のような専門機関や、大学教授などです。
 3つ目の専門委員というのは、専門的に見識のある方が裁判所によって選ばれて、裁判官の手伝いをするという仕組みで、相当数の利用があります。制度上は専門委員の意見は参考であり、判断の基礎とはしないとされていますが、実務的には専門委員をどう説得するかも非常に重要な問題となります。
(5)予防法務の重要性の増加
 このように、紛争になりうる具体的な法的問題点は多様であり、技術的事項は専門的・複雑化しています。紛争を予防するためには、最新の裁判実務や技術的・専門的知見に基づいて、具体的な問題点を把握する必要があります。注意すべき点を(a)〜(e)の5点挙げています。
 まず(a)具体的な取引時の契約書、関連資料のチェックです。契約書については、売主側と買主側で守りたいポイントが違います。売主であれば、できるだけ後で責任を負いたくないので、責任限定条項を入れたいとなるでしょう。責任限定条項を入れること自体は民法で認められていますが、契約書の効力が裁判所に思ったとおりに認められるかはまた別の問題です。A社例えば、裁判所が売主の故意・重過失を認定すれば、契約書の効力は限定されることになります。ですから契約書に書かれた内容が法的にも認められるようにするには、契約以外の事実関係も整理しておかないといけません。
 これは関連資料のチェックや、(e)契約担当者・営業担当者に対する指導・教育の徹底にも関わってきます。民法では、何かを買うときには買主がおかしいところがないか注意するのが大原則ですが、実務的には売主も注意しなければなりません。例えばその土地で過去、土壌汚染に関する事故で重大な被害が出たという事実があり、それを買主に告げないまま売ってしまって、後で買主が発見した場合、重大なリスクがあるのになぜ売主が言わなかったのか、必ず問題になります。ですから、あらかじめ重大なリスクがなかったかしっかり確認して、買主側に何らかの形で伝えておかないといけません。
 その時に、こんなに重大ですと言ったら減額されてしまうでしょうから、合理的に許される範囲で、どのように伝えるかは実務的な問題です。このような場面で、どのようなコミュニケーションをしなければならないのか、問題意識があるのとないのとでは大きな違いです。裁判所は、メールや議事録、書類などを全てチェックします。例えば買主が送ったメールに、「土壌汚染リスクは絶対に負えないから売主の方で何とかしてほしい、その分売買代金は少し割増している」などと書いてあると、土壌汚染リスクは売主側が負担したと認定する根拠になりうることになります。手書きのメモでもよく、場合によってはその方が信用力もあります。取引の際は土壌汚染以外にもいろいろな事を気にしなければならないですし、根掘り葉掘り聞いていたら取引がつぶれてしまうので難しいという場合もあるかと思いますが、その中でどこまで法的なリスクをミニマムにするか、戦略的な発想が必要になります。
 次に(b)標準契約書のチェック・改訂です。同種の取引を何度もされる場合には標準契約書を作成されていると思いますが、これも最新の判例状況をふまえて適宜改訂した方が良いです。例えば契約書によく書いてある内容として、瑕疵担保責任制限条項があります。瑕疵があっても責任を負いませんという内容です。ところが請求権が認められる法的根拠としては、主に債務不履行、瑕疵担保、不法行為の3つがあり、それぞれが独立の法的主張になります。日本法のもとでは、事案によっては瑕疵担保責任だけ制限しても、債務不履行と不法行為によって責任を認められる可能性がありますが、契約書上は瑕疵担保責任のことしか書かれていないケースが多いです。
 (c)デュー・デリジェンスの実施は、(a)とほぼ同じ内容です。買主が行うのは当たり前ですが、売主にとっても重要です。
 (d)セカンド・オピニオンの取得は、専門家や弁護士などの第三者から、あらかじめ意見を貰っておくことです。先ほど裁判での鑑定の話をしましたが、ここで言うのは取引の段階での話です。例えば弁護士に、この取引においてどんな点が問題か、こういう売買条件でいいのかなどを、紛争になる前の、取引前とか交渉中の段階で話を聞きます。私自身も最近はこのようなご相談を受けるケースが多いです。早い段階でアドバイスを求められた方がコスト的にもはるかに低いですから、セカンド・オピニオンの取得はぜひ積極的に考えていただきたいです。浦安の液状化訴訟の第一審判決では、売主の三井不動産が勝訴していますが、過失がないことの根拠の一つが、売る際に専門家の意見を聞いていたことでした。訴訟になった後に困るのではなく、あらかじめしかるべき人に、例えば土壌汚染なら土壌汚染の専門家、あるいは弁護士に意見を聞いておくと、後でリスクが顕在化しても、きちんと対応していたという証拠になります。

 レジュメのこの後の部分は、今までお話ししたことをより具体的に整理したものです。「2.典型的に問題となる土壌汚染・地中障害物等」では、物質ごとに問題になる点を具体的に挙げています。ほとんどの内容はすでにお話ししましたので、かいつまんでご紹介します。
 特定有害物質については、土壌が攪乱されて基準値超とそれ以下の部分が混在している場合に、どう対策範囲を設定するかが非常に難しい問題です。これには判例などで定説がまだないので、これから予防するなら、そのようなことがあり得るという前提で契約をすることになります。
 ダイオキシン類は、非常に毒性が高いです。所沢のダイオキシン事件では、野菜からダイオキシン類が検出されたと報道されましたが、実際には野菜ではなくお茶だったそうです。その報道によって野菜の販売業者の方が非常に被害を受けたので、裁判になって最高裁までいきました。その判決内容を見ると、ダイオキシンは青酸カリより100倍危ないとか、サリンより危ないとか、とにかくものすごく毒性が高いと書いてあります。もっとも、実際に土壌などに含まれるのは特定有害物質などの例に比べて非常に低濃度であることが多いため、単純に比較はできませんが。またダイオキシン“類”というように、異性体・同族体がたくさんあるうえに、それぞれ毒性が違うので、全部換算して毒性の量を計るため、調べるにはすごくお金がかかります。対策費用も基準値の3倍を超えると非常に高額化します。ですからダイオキシン類はかなり深刻な問題ですが、伝統的な契約書だと、特定有害物質についてまでは書いてあっても、ダイオキシンについては書いていない場合も見受けられます。
 また、セイコーエプソンさんの事案では、汚染がまだらでも一団として汚染されている場合は全体として瑕疵であると認定しています。土壌が攪乱している場合には、土壌の入れ換えの経緯などがあれば、基準値超か否かだけではなく、違う切り口で土壌汚染対策範囲を決めるということです。
 油類はこれまでにお話しした通り、基準値がないので対応に困ります。
 「3.紛争における具体的問題点と予防のポイント」では、これらの実務的な問題が法的にはどう位置づけられるかを整理したものです。詳細はレジュメを読んでいただければと思います。
 時間になりましたので、これで本日の講演を終わります。ご清聴ありがとうございました。
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