NPO法人イー・ビーイング
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イズミヤ総研 環境エッセイ 「地球の限界 ⇔ 企業の選択」 第7回
創造的CSRで新たな価値と顧客の創出
あなた自身のようにあなたの隣人を愛さなければならない
(マタイ福音書 22・39)

 この言葉を創業理念とした企業がある。輝ける宣言である。
 創業理念は変わらないとしても、時代が変われば、少なくとも隣人としてのお客様は変わる。お客様の変化をしっかり掴まえる時代の半歩先の見極めとその変化へのアジャストの行動が経営である。しかし、顧客の変化、購買方法の変化、競合店の変化等々でタイムラグがでる。それが不振となる。このタイムラグを埋めることができれば成果となるであろう。そこで今回のレポートは『地球の限界 ⇔ 企業の選択』の総集編として、変容の進むCSRを中核において小売業の取り組むべき半歩先を紹介しよう。

CSR 〜経営的要請をこえて〜
 CSR (Corporate Social Responsibility, 企業の社会的責任)とは、企業活動のプロセスに社会的公正性や環境への配慮などを組み込み、ステークホルダー(利害関係者)に対しアカウンタビリティ(説明責任)を果たし、その結果、経済的・社会的・環境的な3つのトリプル・ボトムラインのパフォーマンスの向上を目指すことをいう。しかしそれは一律のものではない。またその責任ある行動は、客観的に決まるものでもなく、その企業の業種、特性、立地、顧客との接点のあり方等々を企業が自ら判断し、行動するものである。
 ヨーロッパのCSRは社会中心にあり、日本のCSRは環境中心となっている。日本において、今後も環境が大きな課題であることは確かであるが、社会問題へも力を入れるべき時が来ている。
 多くの場合、「経営的要請」(収益向上への期待など)を満たそうとすると、「社会的要請」(雇用責任に関する要請など)を軽視することとなり、「社会的要請」を満たそうとすると「経営的要請」に応えられないといったジレンマが生じることとなる。この「経営的要請」と「社会的要請」のジレンマに戦略的に対応したケースとして、1990年代に社会的課題に直面したスポーツ用品会社ナイキのケースで取り上げる。

【例1】ナイキのスウェットショップ
問題
 1990年代、ナイキは、東南アジアの開発途上国のある契約工場で、労働者を低賃金や劣悪な労働条件で働かせたり、児童労働を使っていることをNGOに暴露され、国際社会から厳しい非難を受けた。当初ナイキは、低賃金労働や言葉の暴力などの指摘は、契約工場で解決すべき課題と認識していた。これにNGOなどが反発し、消費者によるナイキ製品のボイコット運動に発展し、米国内のみならず、カナダ、オーストラリア、欧州にまで拡大し、ナイキは売上減少など経営面での影響を受ける結果となった。
※スウェットショップとは低賃金で劣悪な労働条件の工場や商店のこと
 その時、ナイキがどのように課題解決を実践したか。ここにCSR改革の4つのポイントを示したい。
 まず、第1のポイントが「リーダーシップ」である。
 CSRへの対応はテーマが多岐にわたることから、一般企業では各担当部門で個別にばらばらに行われるケースが多い。しかも社内で情報共有が十分行われていない場合もある。
 一方でナイキは、企業責任担当の副社長を外部から起用し、副社長レベルで意思決定を行える体制を整えた。副社長レベルに情報が一元化されることにより、ナイキに寄せられる様々な社会的要請に対し、スピーディな意思決定が実現する体制が整い、整合性のとれた、外部からもわかりやすく、無駄のない対応が可能となった。
 第二のポイントは、「インテグリティ(誠実さ)」である。
 CSRに関連して社会的批判を浴びた企業はまず誤りの箇所を検証し、誤りの信憑性を確認し、それを社会へ誠意をもって説明する必要がある。間違いを犯していない場合には当然その内容を説明し、誤解を解くべきである。
 2001年、ナイキはCSRレポートを作成し、「労働」「環境」「社会貢献」「多様性」などに関するナイキの現状を外部に具体的に報告した。そのような試みを通して誠実さがステークホルダーに直接・間接的に伝わることにより、社会との関係をより良くするための一歩となるのである。
 第3のポイントは、「パートナーシップ」である。
 企業責任担当の副社長が就任した翌年、ナイキはギャップ、世界銀行、財団、大学とともに「グローバル・アライアンス」というNGOを設立した。グローバル・アライアンスは、開発途上国の工場の労働環境について現場調査を実施し、その内容を公開するとともに、改善策の策定、徹底をはかる活動を行っている。活動地域はインドネシア、タイ、ベトナム、中国などの各国に広がっている。また2000年には後に述べるグローバル・コンパクトにも参加している。
 ナイキは自ら資金を拠出し設立したNGOと連携することで、客観的な立場から課題の発見を促し、情報を途上国の労働環境改善という課題解決に向け効果的に活用している。また社会に対しても中立性の高いNGOと連携することで、CSRの課題解決に前向きに取り組んでいることを効果的に伝えることにも成功している。
 第4のポイントは、「ストラテジー(経営戦略)」である。
 CSR改革においては、社会的配慮を前提としながらも、時には経営的判断に基づき、企業としての戦略遂行を優先するという苦渋の決断が求められることもある。
 契約工場の打ち切りに対し、反対行動が地域住民レベルを超え、米国にまで拡大し、NGOが株主として行動するなど社会的要請がかなりの水準にまで高まったが、ナイキは契約打ち切りの決定を取り下げることはなかった。そのかわり、「経営」か「社会」か、どちらかだけを選択するのではなく、あくまで「両立」をはかる方法を模索し、従業員の再就職プログラムを展開するなど最大限の社会配慮を行った。
 ナイキのように、大企業になればなるほど、その自己規律が大きくなる。例えば、業務委託しているのだから、その労働者の状況について相手先の責任だからナイキは知らないでは通らない。委託先の社員であっても「自社の社員」という感覚で、その労働実態や適法性をチェックし、もし違反があれば是正を求めたり、責任をとる覚悟がいるのである。
CSR行動の変遷
 CSR行動は、政府の役割縮小への対応であったり、発展途上国政府の機能不全に対する先進国企業の発展途上国政府に対する補完行動ともなってきている。先進国の政府でさえも何もかもコントロールすることに限界がきている。現在、最強の組織たる企業に多種多様な問題への対処を社会が要求し始めている。これがCSRなのである。なぜ、CSRへの取り組みがこれほどまでに大切なのかご理解いただくために表1を見てほしい。
表1:国家のGDPと企業の売上ランキング(2005年)

出典:Institute for Policy Studies「Top200」(1996年)
数値の出典は以下のとおり。
GDP:World Bank「World Development indicator database, Total GDP 2004」(2005年)
年間売上:Fortune誌「The 2005 Global 500」(2005年)、および各社の年次報告書
 表1は、国家のGDPと企業売上高の高いもの順に表したものである。世界の国は2008年3月現在、132あるが、1〜50位までに企業は、15社入っており、51〜100位までの間には、34社もランクインしている。
 企業の圧倒的なプレゼンスを考えると、これら企業のCSRの重要性というより、やはり社会的な役割を果たして貰わなければ社会がうまく回らなくなってきているとも言えるのである。
 では、企業がすぐにCSR行動をとるかと言えばなかなかそうでもない。できれば責任よりも利益を取りたいのが企業なのである。
 その上、組織は分業制であったり、部別損益とかで意思決定が企業のタテ・ヨコに分断された中、ひとりの課長や部長レベルにおいて経済的判断が優先されるケースが余りにも多いのが現状である。企業のトップマネジメントは、十分な情報把握がないままに意思決定をしているケースさえ多いのである。またトップがそこまでの見識を備えていないケースもあり、CSR責任者の任命・教育から外部知見の導入などの問題のソリューションを組織的に用意すべきである。
 経営者は、政府規制のあり方、科学的知見の限界、意思決定までの時間的制約、そして組織内の意思決定構造の不全などがある中で、CSR活動を遂行せねばならないという状況にある。
 従来は図1のように、市民の要求をすべて政府が受けて企業に規制をしていた。
図1:従来の考え方


図2:新しい考え方
 しかし、今後の政府観は、図2のように変化していくだろう。政府の役割が小さくなり、企業が直接、市民の要求に対応していくことが求められてくる。スモール・ガバメントに向かえば向かうほど、市民と企業の距離が縮まってくる。そうするとトップマネジメントのコミットメントだけでなく、従業員一人ひとりも社会的責任についてしっかり理解し、共有していなければ、CSR行動は成立しなくなっていくのである。
生物多様性維持のためのCSR活動
日本における市民と企業の衝突について紹介する。生物多様性を損なう開発行為にNPOが抗議する事件は過去にもあるが、その多くが行政に対するものであった。しかしここ数年で、企業に生物多様性保全を求める風潮が高まってきている。これは企業にも生物多様性にかかわる経営リスクが増してきていることの表れであろう。
【例2】トヨタの里山開発問題
 トヨタは、愛知県豊田市と岡崎市の境にあるのどかな里山、下山地区に電気自動車やハイブリッド車など次世代エコカーを開発するためのテストコースを造る計画を2010年着工予定で進めていた。本社から車で30分で行けるその土地は、盆地状でエコカー開発の機密性も保てる絶好の立地であった。しかし、その里山一体に絶滅の恐れのある生き物が約30種以上存在することがわかり、生物多様性上問題があるとし、NPOからその開発に待ったがかかってしまった。
 トヨタはNPOが求めるような代替地への変更は考えなかった。この計画は、下山地区で農林業の後継者がいなくなる中、2006年に地元有力者からの要請に端を発し進められていたもので、既に計画地の約9割で地権者との土地売買契約が完了していた。
 「トヨタが買収しなくても、将来耕作放棄されて荒れるか、虫食い状態に開発が進む危険性はあった。トヨタのような資金力のある企業が土地を確保することで、里山保全に貢献してもらえる。県もそれを期待している」と、愛知県企業庁の打田主幹は話す。
 トヨタは、昨年3月には企業として初めての自社の「生物多様性ガイドライン」を制定し、こうした指針に沿い、絶滅危惧種(U類)の猛禽類のサシバの営巣に配慮し、事業区域660 haのうち当初410 haを改変する予定を変更して餌場の水田の保全地域を増やし、改変面積を280 haに縮小した。
 県とトヨタは今年4月、大学の研究者や日本鳥類保護連盟理事など6人で構成する「自然環境保全技術検討会」を立ち上げ、非改変地域で行う保全対策や維持管理手法を検討している。また維持管理した水田で作ったコメをブランド化して販売するなど、農業経営の仕掛けづくりも検討中であるとのことだ。
 NPOは、この事業の回避を求めているが、「回避が難しいのなら、どこでも応用できる世界に誇れる里山保全モデルを作ってほしい」と市民団体『21世紀の巨大開発を考える会』の織田会長は話している。
 法令違反だけでなく、評判リスクの幅が広がりを見せてきており、企業はNPOの厳しい視線を浴びながら、海外での原料調達から身近な里山問題まで、全方位に注意を払うべき時代が訪れている。
CSR・サプライチェーン・マネジメント
 企業を取り巻くステークホルダーが、企業に求める社会的課題を図3に示す。
 このレポートで触れたナイキの例について、CSR・サプライチェーン・マネジメントに関係する主なものを図3中の網かけに示す。
図3:ステークホルダーを取り巻く地球環境問題と社会的課題

(注)サプライチェーン・マネジメントに関係する主な項目を網かけで示した。
 このサプライチェーンの全体にガバナンスを効かせたものをCSR・サプライチェーン・マネジメントという。
 また逆に途上国政府も、自国企業にCSRの取り組みを要請し始めている。そうでないと、グローバルな調達先から外される危険があるからである。
 こうしたことから、1999年、アナン事務総長がダボスの世界経済フォーラムで提唱し、2004年に贈賄などの腐敗防止を加えた10原則を出している。これが国連グローバル・コンパクトである。「グローバル・コンパクト」は、各企業に対して、それぞれの影響力の及ぶ範囲内で、人権、労働基準、環境に関して、国際的に認められた規範を支持し、実践するよう要請している。
「グローバル・コンパクトの10原則」
(人権)
原則1. 企業はその影響の及ぶ範囲内で国際的に宣言されている人権の擁護を支持し、尊重する。
原則2. 人権侵害に加担しない。
(労働)
原則3. 組合結成の自由と団体交渉の権利を実効あるものにする。
原則4. あらゆる形態の強制労働を排除する。
原則5. 児童労働を実効的に廃止する。
原則6. 雇用と職業に関する差別を撤廃する。
(環境)
原則7. 環境問題の予防的なアプローチを支持する。
原則8. 環境に関して一層の責任を担うためのイニシアティブをとる。
原則9. 環境にやさしい技術の開発と普及を促進する。
(腐敗防止)
原則10. 強要と賄賂を含むあらゆる形態の腐敗を防止するために取り組む。
 また、経済同友会の経営者が纏めたCSR原則を記載しておこう。
  1. より良い商品・サービスを提供すること
  2. 法令を順守し、倫理的行動をとること
  3. 収益をあげ、税金を納めること
  4. 株主やオーナーに配当すること
  5. 地球環境の保護に貢献すること
  6. 新たな技術や知識を生み出すこと
  7. 所在する地域社会の発展に寄与すること
  8. 雇用を創出すること
  9. 人体に有害な商品・サービスを提供しないこと
  10. 人権を尊重・保護すること
  11. フィランソロピーやメセナ活動を通じて、社会に貢献すること
  12. 世界各地の貧困や紛争の解決に貢献すること
 企業は、こうしたグローバル・コンパクトや経済同友会の原則について、個々の企業で討議され、各企業の行動原則を抽出すべきなのである。
 こうした原則なしには、企業のCSR行動は彷徨に過ぎないものになってしまう。
小売業のCSR 〜CSRこそ転ばぬ先の杖〜
店舗出店をする場合、ルーラルとかアーバンとか、メガやスモールだとか、競合店はとかいろいろ議論されるが、決める前にその立地を本当に精査し対応しているのか疑問である。
【例3】スーパーマーケットの新規出店
−鉄工所とクリーニング店等の跡地で土壌汚染の恐れあり−
 都市内の鉄工所とクリーニング店等の跡地に新しく土地を購入し、スーパーマーケットを建てることを考えてみてほしい。あなたがそのプロジェクトの担当者であれば、出店予定地の土壌調査や対策を行うだろうか。
 コスト対策から土壌汚染対策法の適用をできるだけ回避するために、土地所有者、不動産業者、建築業者などは、土壌調査や対策の実施をできるだけ回避しようとしている。しかも小売業においても、いまだコスト対策から土壌調査や対策を求めないことが多い。無知もあるが。
 このケースであれば、かなり高い確率で土壌汚染の懸念がある。
 土壌汚染が放置されれば、来店顧客、住民そして従業員にとって健康リスクが考えられる。不十分な調査・対策に対し、安全・安心を求め、近隣住民や顧客、はたまた従業員から土壌調査・対策を要求され、係争が起こる可能性さえある。
 土壌汚染やそれに伴う水質汚染による健康被害が出ると、企業の存続さえ損なう恐れさえあるのである。たとえ以前の土地所有者の起こした土壌汚染であってもである。
 もし汚染が起こってしまえば、消費者、地域住民は企業に対し不信や安全への不安を抱き、来客数の減少を招くこととなる。法律の境界線上の問題をどう判断し、どう行動するか。ここに企業の社会的責任の理解やリスクについての判断力が要求される。
 確かに過去においては、企業行動からの大気汚染、水質汚染、土壌汚染等にあまり配慮しなくてよい時代もあった(環境負荷時代)。しかし公害問題などを経て、環境基準などが定められ(環境対策・保全時代)、環境基準は厳しくなる一方である。それだけでなく、今やエンド・オブ・パイプ・テクノロジー(環境規制値等の目標を達成するため発生した廃棄物などを処理する技術)への対応だけでは限界をむかえつつある。今や、自社敷地内の環境保全だけでなく、サプライチェーン全体の環境負荷・保全に配慮した「環境経営」が求められている。
 時代の半歩先をいくためには、サプライチェーン全体の抱える社会問題に配慮した「CSR経営」こそが求められているのである。
愛される小売業のために 〜半歩先をゆく小売業のCSR行動〜
 サプライチェーンの最下流に立つ小売業は、上流の資源の採取や栽培から最終製品までのモノの作られる工程や輸送、そして各種サービスまで把握して、途上国の労働実態までへの配慮を忘れてはならない。
 まず、日本の現状についてふれたい。日本は、産油国に毎年24兆円を支払っている炭素メタボ大国である。24兆円というのは日本の輸出御三家(鉄鋼・自動車・電子製品)の輸出総額に匹敵する金額である。炭素メタボのツケが回ってきたのか、日本でも異常気象が顕在化してきており、魚が本来の時期や場所で獲れなくなったり、農作物の産地がどんどん北上したり、集中豪雨が発生したり、日本が熱帯化するという事態が生じている。
 そんななか鳩山首相は、2009年9月にニューヨークで開かれた国連気候変動首脳級会合において、温室効果ガスを2020年までに1990年比25%削減するという中期目標を鳩山イニシアティブとして発表し、日本の排出削減と途上国への協力を積極的に行っていくことを国際社会に表明したのである。鳩山政権の温暖化対策の概要を表2にまとめる。
表2:鳩山政権の温暖化対策の概要
【目的】
地球環境・生態系の破壊を食い止めながら、国際的な協調を進めつつ、経済成長や豊かなライフスタイルの実現とともに脱温暖化社会を目指す
【中長期目標の設定】
温暖化ガス削減目標:
2020年までに25%、2050年までの早い時期に60%超の削減(1990年比)
新エネルギー等の供給目標:
2020年までに一次エネルギー供給量の10%の導入
【目標を達成するための基本的施策】
○キャップ&トレード型の国内排出権取引制度の創設(2011年度)
○地球温暖化対策税の創設(2009年から4年以内)
○全量買い取り方式による自然エネルギーの固定買い取り制度の創設(3年後に現制度の変更を検討)
○新エネルギー等の利用の促進
○建築物・機器などの省エネの推進
○革新的な技術開発の促進
○排出量情報などの公表(CO2の見える化)
○温暖化対策関係の新規事業への支援
※キャップ&トレードとは、政府が温室効果ガスの総排出量(総排出枠)を定め、それを個々の主体に排出枠として配分し、個々の主体間の排出枠の一部の移転(または獲得)を認める制度のこと
 25%削減というのは並大抵のことでは実現できないであろう。今後、小売業界においても対策を迫られるだろう。しかし、この逆境にこそビジネスチャンスがあると考えることもできる。社会的責任を果たすべく、小売業が取り組むべき課題について2例示す。

【課題1】
カーボンフットプリントを表示したPB商品作りに取り組む
 話は少しそれるが、フードマイレージという概念をご存じだろうか。フードマイレージとは、輸入相手国別の食料輸入量に当該国からわが国までの輸送距離を乗じ、その国別の数値を累積することにより求められる指標である。「輸送距離」という要素を含んだこの指標は、自国の食料供給構造の特色、つまり長距離輸送を経た大量の輸入食料に支えられているという現状を端的かつ視覚的に表すのに有効であり、食料輸送に伴う自国の地球環境への負荷の大きさを計測するための手掛かりとなる。
 農林水産政策研究所の中田哲也氏(当時)の試算によると、2001 年(暦年ベース)におけるわが国の食料輸入総量は約5,800万tで、フードマイレージの総量は約9,000億t・km となる。なお、国内におけるフードマイレージ(輸入食料の国内輸送分を含む)は、571 億t・km であり、我が国の輸入食料の輸入に係るフードマイレージは、国内におけるフードマイレージの16 倍に相当する。諸外国と我が国の状況を比較してみても、わが国のフード・マイレージは、韓国・アメリカの約3倍、イギリスの約5倍であり、群を抜いて大きいことが分かる。(表3)
表3:主要国のフードマイレージ比較
(単位:億トン・km)
日本 韓国 アメリカ イギリス
9002.08 3171.69 2958.21 1879.86
参考:農林水産政策研究所レビュー No.11
 またフードマイレージで考えると、アメリカ産小麦の代わりに国産小麦を選ぶことにより、食パン1斤分のCO2排出量で比較して、冷房の利用時間の4時間分に相当するCO2排出量(110g)を減らすことができる
そうだ。
※フードマイレージ・キャンペーンホームページより
 相対的に高コストとならざるを得なかった国内生産を放棄し安価な輸入品に切り替えた結果、現在のわが国の食料供給構造がある。このことは、経済効率性の観点からみれば合理的な選択であったと言える。しかし地球環境問題への対応が焦眉の課題となっている現在、今後のあるべき食料供給政策を考えたとき、経済効率性という観点だけでなく、環境負荷等の外部不経済をも考慮に入れる必要があろう。
 鳩山政権の掲げる温室効果ガスの25%削減に向けた取り組みのうち、小売業が消費者に働きかけることができるのが、このCO2の見える化に関することではないだろうか。
 私は小売業として国内農家の育成や耕作放棄地への援助をすることにより、耕作地を蘇らせその作物を購入して販売することなどはとてもクールなこととなると思う。その辺りの取り組みを後の図7で展開をしている。

 日本においても遂に、カーボンフットプリントのマーク(図4)のついた製品の市場流通が始まった。
図4:カーボンフットプリント・統一マーク
 カーボンフットプリント制度とは、経済産業省、農林水産省、国土交通省、環境省が中心となり、製品のライフサイクルにおいて排出される温室効果ガスの量を「見える化」して表示することでCO2の削減を促すための取り組みである。
 委員会の定める検証を通過し、第一号商品として販売開始となったのは、イオンのうるち米、菜種油、衣料用粉末洗剤の3商品である。2009年10月17日より、お歳暮贈答用の商品「トップバリュギフト」として、店舗、およびインターネットで販売開始となった。表示には、原材料調達段階と生産段階を表す「つくる」、流通・販売段階を表す「はこぶ・販売」、使用・維持管理段階、廃棄・リサイクル段階を表す「つかう・すてる」の3工程それぞれにおける排出量の割合が円グラフで示されており(図5)、その商品の特徴が非常に良く分かる。
図5:排出量の内訳をあらわした円グラフ
出典:イオンHP「トップバリュグリーンアイ特別栽培米
あきたこまち」商品情報より
 「CO2の見える化にどれほどの意味があるんだ?」という人もいるかもしれない。しかし、カーボンフットプリントの効果に関する店頭でのアンケート調査(有効回答数1,480)の結果、図6に示すように、「カーボンフットプリント表示に努力している企業は印象がよくなる」と答えた人が82%、「変わらないと答えた人」が17%でという結果がでた。また「カーボンフットプリント表示商品を販売するスーパーやコンビニのイメージが変わり、利用したくなる」と答えた人が58%、「変わらない」と答えた人が40%で、カーボンフットプリント表示に取り組む企業や、商品を取り扱う小売店への評価は高まる傾向があることもわかっている。
図6:カーボンフットプリントの効果に関する調査結果
出典:2009年8月26日稲葉敦先生講演資料
「カーボンフットプリントの現状と今後の進め方」より
 カーボンフットプリントが一般化したとき、私たちの消費行動は変化し、それにより現在の企業イメージや勢力図が変わってくる可能性もある。経済的指標だけでは計れない企業各社の真価が問われる日もそう遠くはない。

【課題2】
価値創造型CSR取り組みとしての
小売業における食料問題への取り組み
 企業が社会からの要請と期待に対する感受性を磨くとともに、社会的課題と自社の事業活動との関連性を発見することにより、信頼と価値創造につなげるCSR経営を目指すことを「価値創造型CSR」という。
 今後CSRが目指すべき方向性は、企業を取り巻く社会的課題を直視し、社会からの要請と期待に応えるべく、社会的課題を先取りし先駆的な商品・サービスの開拓を行い、新たな市場を創造するような価値創造型CSRに取り組むことが重要である。
 価値創造型CSR取り組みに向けた課題抽出から、活動開始までの流れを図7に示す。まず企業を取り巻く社会的課題を把握し、テーマを想定する。想定されたテーマと本業との関連の深さや重要度を自社内で意見をまとめ、自社の想いと、取り巻く現状およびステークホルダーの意識のすりあわせを行う。その結果を社外協力部門と検討を重ね、テーマを設定し、実施方法・目標値を設定すれば、活動開始となる。
図7:価値創造型CSR展開モデル
 ここで価値創造型のCSR取り組みとして、小売業を取り巻く社会的課題を解決するためにどのようなことができるか考察してみたい。
 図3にも示したように、社会的課題は多種多様に存在するが、食料問題というテーマを想定すると社会的課題として図7に示す8つの課題をあげることができる。
 食料問題というテーマは、小売業にとっては最重要テーマの一つである。ここでこれら8つの社会的課題を統合的に解決する方法を考えてみたい。
 例えば小売業の食料問題への対応として、店舗で出た生ごみを生産地に持ち帰り、堆肥として循環させ、生産地で採れた国内農作物を産直品として仕入れの重点とする取り組みは大企業を中心に進められている。確かにこの取り組みはCO2排出量の削減にも貢献するし、図7に示した社会的課題の多くを解決する取り組みではある。しかしステークホルダーとの対話や現状把握を行ってみると、実はこの取り組みがWin-Winと呼ばれるには不十分であることがわかる。プラスアルファが必要なのである。
 都市と農(漁)村をただ単につなぐだけでは、今後、Win-Winを目指すCSR取り組みとしては不十分である。
 農畜産(漁)業は、利幅が小さいうえに、天候、病虫害に収穫が大きく左右されるリスクを抱えている。こうした事情も配慮した仕入れやマーチャンダイジング政策を都市の企業は考える必要があるし、農(漁)村における高齢化問題、一方で都市の定年退職者や若者のフリーターの農(漁)村への雇用吸収策等も小売業も取り組むべき課題であろう。
 都市と農(漁)村のつながりをうまく機能させるためには、

村 ― 作る人、 町 ― 食べる人

という単なる切り離した関係から、村と町の人々がゆききする公園を、農村に創造することが考えられる。参考までに、現在私も関わって進めている、ゆきき農村公園(仮称)構想を紹介したい。
ゆきき農村公園(仮称)構想
図8:ゆきき農村公園(仮称)構想
 ゆきき農村公園(仮称)構想は、農村地において農産物を収穫することに加え、農商工連携 により、加工度や加工技術を高め(農と工が連携)、付加価値を高め(農と商が連携)、加工品の購入を小売業との事前の協議より循環させようとする構想である。
 ゆきき農村公園の取り組みを以下に示す。
ゆきき農村公園での取り組み
  1. 農作物(漁獲物)の加工度を上げて付加価値のブランド化を高める。勿論、カリスマファーマー作のブランド化も検討する。
  2. 新技術×新組み合わせにより新しい価値が生み出せる農商工連携のビジネスモデルを創造する。
  3. 農(漁)村での働き場所、住む場所、営農指導などを農商工連携でユニバーサル農業を実現させる。
  4. 循環型社会の為に都市生活から出る生ごみは、堆肥として農地に還元される構造を創造する。
  5. 農村と都市との連携により(農村:朝どり市出張、出張農家料理、都市:エコツアー、借り農園、間伐ボランティア)、自然の恵みを互いに味わえる体制を創る。
 産学官民が連携し、ゆきき農村公園に取り組むことで、図8に示すようなビジネスモデル創造型、技術組み合わせ型、課題別克服型の今までになかったような画期的な商品やサービスの創造を可能にする。識者の知や工学界の新技術を導入することで、このフレームワーク参加者全員の満足、つまり「食と環境Win-Win」ビジネスの創造につながるのである。
 農商工・産学官民で連携していくことで、小売業界で半歩先を行く取り組みをすることができるだろう。
掉尾としてのブラック・スワン
 いまは、ブラック・スワンの時代である。
 スワンは白いものと思っていても、現代は誰もが予想しない黒いスワンが日常的に現れる可能性に満ちている。
 単一のルール・価値観に縛られていたら、世の中についていけない。多様な人々に触れ、複合的な考えを身につけねばならない。日本の閉塞状況を破るものは「若者。余所者。馬鹿者。」の3者であり、いわゆるブラック・スワンである。企業は自社内にブラック・スワンを育てることが第二創業になるかもしれない。人は、人生に投じた情熱・エネルギー・学習により、自らを創造するものである。その創造された自分に満足できれば、自由に飛ぶ翼を手に入れたと言えるのだ。この翼は外部要因では壊れない。心すべきは内部要因である。
 読者のみな様も、いろんな翼をお持ちのことと思う。
 今回取り上げた企業の活動も、最初はブラック・スワンであった筈である。しかしそのブラック・スワンの飛翔の翼が強化され、現在の栄えあるポジションを獲得させたのである。 
 こうした意味で、CSR活動の根本は「人を育てる」ことを優先すべきであろう。
 企業がCSR経営を推進していくプロセスは、人材を育成においても非常に大きな効果を発揮する。CSR経営を行うことで、人材を育成・輩出する、そして企業成長を手に入れるという好循環にも期待し、当レポートを終わる。また誌上で会えることを楽しみに、それでは長い間の講読に感謝します。
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