NPO法人イー・ビーイング
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イズミヤ総研 環境エッセイ 「地球の限界 ⇔ 企業の選択」 第4回
土と水のリスクとチャンス
■はじめに

 第1回から第3回にかけて、いかにグリーン・ウエーブに乗って経営のゴールドを創るかについて概観してきた。
 今回は少し話題を変えて、環境汚染のリスクマネジメントに触れてみる。第2回でソニーのPS1のリスクに触れたが、環境は企業に成功をもたらすものであると同時に、大きな損失をもたらすものでもある。そこで近年急速に規制が強化され、大きな問題となりつつある土壌汚染を中心に、環境債務について言及する。
 しかしそれだけでは面白くないので、リスクに対しチャンスとしての水、私たちの生活の基盤を支える水について、新たなビジネスの可能性を紹介する。
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■小売業にとっての土壌汚染

 「小売業なんだから土壌汚染とは関係ないじゃないか」皆さんはこう思われるかもしれない。
 だが、ちょっと待ってほしい。小売業であっても、新規出店のために土地を買う場合や、店舗を閉鎖して土地を売る場合には、土壌汚染と大きな関わりが出てくる。(余程のことがない限り、小売業自身が汚染を起こすことは少ないが、土地取得時に充分な調査をしていないと、土地の瑕疵を引き受けざるを得なくなる)

土壌汚染による影響

出展:土壌汚染対策法のしくみ(環境省・(財)日本環境協会)

 まず土地を買う場合には、その土地が汚染されていないか、きちんと調べることが必要である。特に大型店舗の場合、工場の跡地である場合も多く、注意が必要である。
 土壌汚染調査や対策の結果は、土地の売主や不動産業者などから入手できるほか、土壌汚染対策法の対象地である場合には、都道府県等において情報開示されている。

 土地を売る場合には、工場であろうとなかろうと、土壌汚染調査が求められる場合が多い。今は工場でなくとも、以前に工場であった可能性や、近隣の工場などからもらい汚染を起こしている可能性があるからだ。「平成18年度土壌汚染対策法の施行状況及び土壌汚染調査・対策事例等に関する調査結果」(H20年9月、環境省)によると、小売業(各種商品小売業、自動車・自転車小売業、その他の小売業)でも平成18年度で59件の土壌汚染調査が行われている。店舗において隠れていた汚染が判明すれば、消費者の健康リスク危惧などから来店客の減少や汚染対策要求など、大きな問題を抱え込むことになる。

 土地を買う場合、売る場合に問題となるのが、それらの調査・対策に関する情報の客観性、公平性、正確性である。
 土壌汚染対策法が施行されたのは2003年2月であり、土壌汚染調査・対策は、比較的新しい分野の事業であるといえる。そのため指定調査機関であっても技術力にばらつきがあったり、ごくまれではあるが、調査結果の改ざんや隠ぺいもある。
 こうした時、頼りになるのが第三者評価である。今やあらゆる分野で第三者評価が当たり前となっているが、土壌汚染の分野ではまだまだ少ない。リスクを避ける為にも、近隣への説明責任としてリスクコミュニケーションの為にも、第三者評価を受け、安全・安心の土地取引を行ってほしい。当法人のことで恐縮だが、私たちが主催するLand-Eco土壌第三者評価委員会は、日本におけるトップランナーであることを申し添えたい。
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■環境債務の計上を急げ

 土地取引に関わる企業や金融機関が土壌汚染に神経質になっているのは、万が一、取引終了後に土壌汚染が見つかった場合、(瑕疵追求できるとしても)結果的に巨額の損失を被るからだ。土壌汚染の調査・対策には、土地の広さや汚染の範囲・程度、対策方法等によって大きく異なるが、数百万〜数千億円の費用がかかることも珍しくないからである。この費用をめぐって訴訟にまで発展した例は多い。
 また、アスベスト問題も新聞紙面をにぎわせている。かつては便利で安全な物質とされていたアスベストであるが、今や除去費用や従業員・近隣住民等の健康被害とその救済問題として、企業の存亡の問題ともなっている。
 このように、環境汚染のリスクマネジメントに失敗すると、経営のゴールドを創るどころかゴールドを失うことになりかねない。それどころか、大きな債務を背負うことになるのである。

 それが「環境債務」である。
 現在の法律では、たとえ自社の敷地が汚染されていたとしても、今まで通り操業を続ける場合や利用せずに放置している限りは、土壌汚染調査や対策は必要ないとされていた。ところが将来、操業をやめて土地を売るなどの場合には、必ず土壌汚染調査や対策の費用が必要になる。
 このように、今すぐには対策をとる必要はないが、将来処分する時などに必要になる環境修復費用のことを「環境債務」という。土壌汚染やアスベストなどの調査・対策費用もこれにあたる。

環境債務(億円)

債務額
シェブロン(石油メジャー) 6,822
コノコフィリップス(石油メジャー) 6,428
エクソンモービル(石油メジャー) 5,596
フォード 298
GM 230
三菱商事 179
三菱UFJフィナンシャル・グループ 97
NEC 97

 この環境債務について、2010年度から計上が義務付けられる見込みである。投資家などに企業が抱えるリスクを開示させ、企業に早期の環境修復を促そうというねらいだ。アメリカではすでに計上が義務化されており、国際的に活躍する日本企業でも既に開示が始まっている。
 環境債務の正確な計上のためには、自社の抱える環境汚染リスクを的確に把握し、第三者による評価などで信頼性のある情報にすることが重要なのである。
 「小売業だから…」と高を括っていては、大きな債務で将来窮地に陥るのである。
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■水質汚染と水不足を解消する水ビジネス

 地球は地表の約4分の3が水に覆われているが、そのうち97%程度は塩分を含んでいるため、飲用にはならず、産業用にもほぼ使えない。清潔な淡水は本当に少ないのだ。

 WHOの推計によると、不衛生な水の飲用、不十分な衛生状態、衛生確保用の水不足などが原因で、毎年200万人近くが死亡している。また水中の病原菌による死亡者数は、世界で毎年300万〜500万人に達すると推計されており、エイズと同規模の脅威であるといえる。水の浄化をしっかりすることにより、コレラ、腸チフス、赤痢、下痢など途上国で何百万人もの命を奪う病気の大半を根絶することが可能となる。
地球上に存在する水のうち、淡水はたったの3%。清潔な淡水となると、さらに少ない。

 そこで発展途上国におけるウォータービジネスモデルとして、ウォーターヘルス・インターナショナルを紹介する。
 この会社はローレンス・バークレー国立研究所のアショク・ガギドル博士が創業したものであり、低電圧紫外線を使い、必要最小限のエネルギー量で水を浄化する技術を低コスト(12Lの浄水をたった2セントで提供できる!)で実現し、クリーンウォーターを低コストで発展途上国に提供している。設計・製品製造・資金調達・サービスなど、浄水と水供給のプロセスすべてにおいて当該国家に関与させ、さらに地元住民を雇用してシステムの運営・管理をするという、まさに途上国に特化したビジネスモデルを作り上げている。
 ウォーターヘルス・インターナショナルの取り組みにより、ビジネスとしての農村開発や災害救援の現実度が増してきている。しかしこれは水関連事業可能性の氷山の一角でしかない。安価なクリーンウォーターを造る技術は先進国でも欠かせない。オフィスビル・工場・住宅などで、これまで以上にクリーンウォーターの需要が高まっており、ビッグビジネスになりつつある。

 水不足を解決する方法として、淡水化にも注目が集まっている。
 水の淡水化には逆浸透膜などの方法が実用化されているが、コストが高すぎるのである。世界の水問題を研究する調査組織、パシフィック研究所によると、石油の豊富な中東地域を除けば、淡水化プラントは現在、世界の淡水利用量の0.3%の供給能力しかない。
 そうした中、再生可能エネルギーで淡水化のコストダウンを図る研究が行われている。たとえば、東京工業大学の矢部孝教授らは、特殊なレンズで集めた太陽光で水を90℃まで温めて塩分などを飛ばし、また水を貯める装置を工夫することで、効率よく淡水化する方法を開発している。この方法を用いると、膜などを用いる方法と比べ、初期コストが約10分の1の10万〜20万円となる。5m2のレンズを使えば1日に1トンの水を処理することができ、省スペースで淡水化設備を導入することも可能となる。

 淡水化のコストダウンを目指し、浄水技術とクリーンエネルギーの融合が今後増えると予想される。2006年には、テキサス州立工科大学とGEが、淡水化と風力発電の統合化の共同研究を行うと発表した。その他、空気から水を作り出す、排水や下水を飲み水に変える、ナノテクノロジーで最先端のろ過膜を作るなど、水ビジネスのチャンスは広範囲にわたり、今後の発展が期待される分野である。
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■ワシントン・コンセンサスを越えて

 水についてもう少し大局的に触れてみよう。
 一例をお隣の中国にとり考える。世界の水源の7%しかないのに、人口は21%を占めている。その上、水源は北京、上海からはるかに遠い南半分に集中している。
 水ストレスへの対処は国家戦略以外の何物でもない。世界はこうした国であふれている。ここに目をつけ、水ビジネスが活況を呈しているのである。世界の水関係市場は現在40兆円だと見積られている。これは電気、石油に次ぐ規模なのである。こうした状況から、世界は「石油の世紀」から「水の世紀」に変わろうとしているのである。
 これから20年もすると全人類の1/2あるいは2/3が深刻な水不足に見舞われる。水不足の深刻さはワシントン・コンセンサス※に大きな問題を投げかけている。水を自由市場での商品とするかコモンズ(共有財産)とするかが問われるのである。
※ワシントン・コンセンサス:全世界にとって自由市場経済以外の選択肢はないとする経済モデルをいう。
 世界銀行や国連では『水は人間の必需であっても人間の権利ではない』としている。こうした背景から「世界水フォーラム」が開催されていることを忘れてはならない。大自然の血液としての水を市民がどう考え、どう参加し、誰に管理を委ねるか、それが私たちに突きつけられた課題なのである。手遅れになる前に、クリーンウォーターへのアクセスを基本的人権としたうえで、社会ビジネスとしてクリーンウォーターの提供は、ビッグビジネスとなるであろう。


理事長  井上 健雄

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