土壌第三者評価委員会 評価員 養王田 正文
2003年にヒトゲノム解析が終了した段階で、DNAシークエンス(ゲノム配列)の意義や需要がピークに達すると予想された。
しかしDNAシークエンスで得られる情報は、他の研究方法で得られる情報と比較すると、圧倒的に質が高く量も多いことから、高速化、低コスト化は新たな需要を生み出し、その重要性はますます増加している。
このため、2003年に個人のゲノムを低コストで解析することを可能とする技術開発を目的とした「1,000ドルゲノム」が提唱された。
米国立衛生研究所(National Institutes of Health,NIH)が資金援助している「革新的ゲノム配列決定技術」のための2つのプログラムは、2009年までにヒトゲノム解読1人分で10万ドル、2014年までに1,000ドルにすることを目標としている。
最近、アプライドバイオシステムズ社がSOLiDシステムという新しいDNAシークエンサー(ゲノム配列を決定する機器)を用いて、ヨルバ族アフリカ人男性の全ゲノム配列を、6万ドル以下のコストで解析したという報告があった。
この報告が事実とすると、2014年のマイルストーンは既に達成されたことになる。提案されたときは全く荒唐無稽な話であった1,000ドルゲノムの実現が夢ではなくなりつつあると言って良いだろう。
これらの驚異的な進歩は、次世代DNAシークエンサーと呼ばれる装置によるものであり、関心の有る方は現代化学8月号に掲載されている私の解説記事を読んでいただきたい。
さて、これらの技術はどこに使われるのだろうか。
すでに感染症の予防や診断では、遺伝子解析を用いるのが常識となりつつある。それ以外の病気の診断でも遺伝子解析が使われるようになることは間違いがなく、次世代シークエンサーにより基礎医学や医療に革命が起きる可能性がある。
一方、「1,000ドルゲノム」を提唱したCraig Ventor博士が、環境中の生物の遺伝子解析を精力的に行っていることは有名なことである。
環境中には培養が不可能な微生物が多数存在する。揮発性有機塩素化合物の嫌気的バイオレメディエーションを担っているDehalococcoides属細菌は、この難培養微生物の代表と言えるだろう。ビニルクロライドの分解で有名なBAV1株は単離に5年もの歳月がかかっている。
DNAシークエンスにより、これらの難培養微生物に関する情報を得ることが可能になる。これまで、バイオレメディエーションはブラックボックスのようなものであり、どのような微生物がどのように働いているかを理解できない場合が多かった。一部の遺伝子の情報を用いた解析結果はあるが、コストの問題などで情報が限られており、正確に環境中の微生物の量や種類、機能している遺伝子を把握できていたとは言えない。
次世代シークエンサーにより、バイオレメディエーションがどのような微生物により行われているかを正確に理解できる可能性が生まれと言えるだろう。
今後、この場所を借りて、環境中の微生物遺伝子解析とバイオレメディエーションへの応用について解説して行きたい。